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東京高等裁判所 平成12年(ネ)2434号 判決

控訴人

X1

X2

右両名訴訟代理人弁護士

梶原等

被控訴人

右代表者法務大臣

保岡興治

右指定代理人

熊谷明彦

向山敏明

樋渡良一

村上孝文

木村正義

海貝直之

石川昌一

岡田征克

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人X1(控訴人X1)に対し、金九六六万一〇八二円及びこれに対する平成一〇年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、控訴人X2(控訴人X2)に対し、金一五一万四六八一円及びこれに対する平成一〇年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  被控訴人

控訴棄却

第二事案の概要

本件は、A(平成二年一〇月二四日死亡)及びB(昭和六三年八月一日死亡)の相続人である控訴人らが、被控訴人に対し、「控訴人X1の妻であったCは、平成五年から同七年にかけて、控訴人らの父母に当たるA及びB名義の定額郵便貯金や控訴人X1名義の定額郵便貯金の払戻しを受けたが、右払戻し(本件各払戻し)は郵便貯金法二六条にいう正当の払渡ではなかった。」として、控訴人X1につき、A及びB名義の各定額郵便貯金の二分の一と控訴人X1名義の定額郵便貯金の返還を、控訴人X2につき、A及びB名義の定額郵便貯金の二分の一の返還を求めた事案である。

原判決は、被控訴人のCに対する払戻しは郵便貯金法二六条にいう正当の払渡であったとして、控訴人らの請求を棄却したので、これに対して、控訴人らが不服を申し立てたものである。

二 右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由欄第二記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの当審における主張)

原判決は、A、B及び控訴人X1名義の各定額郵便貯金につき、郵便局員がCに払い戻したことに過失はなかった旨認定判断したが、事実誤認である。すなわち、貯金者またはふだん預入等をする者以外の者が払戻しの請求をする場合や女性が男性名義の通帳もしくは貯金証書による払戻しを請求する場合、被控訴人は「ほぼ完全な払戻しを受ける権限のあること」の証明を求める必要があるというべきである。したがって、被控訴人は、本件各定額郵便貯金の名義人でないCの払戻しに応ずるのであれば、Cに対し、委任状の提出を要求すべきであった。しかるに、被控訴人は右のような措置をとらなかった。また、被控訴人は、地方紙等に掲載された新聞記事をチェックし、死亡者名義の貯金の払戻しの請求があれば、これに応ずべきでないのに、A及びB名義の貯金につきそのような措置をとらなかった。被控訴人は、届出印との照合のみによって安易に払戻しに応じてしまったのだから、過失があるというべきである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人らの請求は理由がないものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の当審における主張について)

郵便貯金の払戻しの請求を受けた当該郵便局職員(郵便局員)は、払戻金の受領証の印影と通帳の印影とを照合し、それが符合し、また、払戻し請求人が正当権利者であることについて疑わしいと認められる事由がなければ、払い戻すことができ、その払戻しは「正当の払渡」とみなされる旨規定されてある(郵便貯金法二六条、郵便貯金規則八五条及び八六条、郵便貯金取扱規程四条、郵便貯金取扱手続)。

原判決挙示の証拠によれば、原判決の事実及び理由欄第三の二の各事実が認められる。これによれば、本件各払戻しがされた当時、右の印影の照合をしたほか、郵便局員は、本件各貯金名義人とCの関係を口頭で確認し、Cについて、正当権利者であることについて疑わしいと認められる事情が窺われなかったため、同居の親族であるCが使者として右各払戻請求をしているものと判断して、通帳又は証書により右各払戻しに応じたものと認められる。

控訴人らは、Cにほぼ完全な払戻しを受ける権限があることを証明させるため、Cから委任状等を徴求すべきであった旨主張する。たしかに、正当権利者であることに疑いが生じた場合に控訴人らが主張するような証明資料を徴求すべき場合があることは否定できない。しかし、郵便貯金の払戻手続においては、貯金者の便宜や大量な払戻業務を迅速に処理すべき要請を考慮する必要があるから、全件につき右のよう措置をとるべきであるということはできない。本件において、Cと本件各貯金の名義人との続柄は明らかであった。また、Cと控訴人X1の婚姻関係が破綻しているといった事情が郵便局員に知らされていたというような特段の事情があったわけでもない。したがって、郵便局員がCから委任状等を徴求すべきであったということはできない。

また、控訴人らは、「被控訴人は、地方紙等に掲載された新聞記事をチェックして、死亡者名義の貯金の払戻請求があれば、これに応ずべきでない。A及びB名義の貯金につきそのような措置をとらなかったから、被控訴人には過失がある。」旨主張する。しかし、前述のように、郵便貯金においては、大量な業務を円滑に処理すべき要請がある。そして、全国的に貯金者を有する被控訴人において貯金名義人の死亡に関する事実を掌握してこれに対処することは事実上困難であり、そのような義務があるということもできない。

右のとおりであるから、本件各払戻しは、郵便貯金法二六条による有効な払戻しと認められる。控訴人らは、その主張の貯金債権を有しないものであって、その請求は理由がないものといわねばならない。

二  したがって、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 西島幸夫 原敏雄)

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